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松本玲子-バッタリ度★★★☆☆

松本玲子-バッタリ度★★★☆☆
2017年に書いてますが、2011年のバッタリです。この頃は両国に住んでいたのですが、買い物によく自転車で錦糸町に行ってました。その錦糸町からの帰りに道、ネギの入ったスーパーの袋を持ちながら自転車に乗ってるところ、松本玲子ちゃんとバッタリ会いました。

玲子ちゃんは、もともとは大学の後輩で知り合ったと思うんだけど、実はかぶってないくらいの後輩です。なので、大学の後輩ではあるけど、音楽繋がりの友人でもあるという感じです。彼女は昔からライブハウスでバンドでライブをやってたり、個人的にもいろんな活動をしているので、簡単には説明できないですが、いろいろ一緒にやらせてもらってることもたくさんあります。

今彼女がやっているバンドがswaragaで、このバンドはギターの川上啓之さんも元から知り合いでもあり、バンドの1stアルバム、2ndアルバムの録音をやらせていただきました。

こちらセカンドアルバムです。女性ボーカルでプログレ・ニューウェーブな感じですが、曲が複雑でありながら良いです!演奏も凄いです、是非聴いてみていください。

玲子ちゃんとは「こけし」の歌みたいなのも作ったことあります。YouTubeなどで探してみてください。

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沼田順さん-バッタリ度★★☆☆☆

沼田順さん-バッタリ度★★☆☆☆
2011年、今から6年前、たぶん沼田さんに知り合ったことろだと思いますが、総武線、確か秋葉原あたりで電車でバッタリ会いました。電車で会うってなかなかのバッタリだと思います。同じ電車の同じ車両に乗るって感じですから。

たぶん達久くんとよく会うようになって、ナスノミツルさんのバンド、tenelevenを見に行って沼田さんと知り合ったと思います。そのtenelevenや達久くんと千住くんのアルバム(千住宗臣&山本達久)、teneleveの坂口くんと大島輝之さんのアルバムなんかをリリースしてるdoubtmusicをやってる方です。

今はじめてカタログのページを見ましたが、凄いですね。素晴らしいです。

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ジムのバンドが始動した頃の話その2

石橋英子+山本達久-バッタリ度★★☆☆☆
その1の数ヶ月後ですが、英子さんと達久くんに下北の王将の前でバッタリ会いました。前回バッタリはこの10ヶ月まですが、その頃ジムがバンドを始めた頃でした。そして、この頃は英子さんのバンドにも私が参加した頃で、この直後に波多野さんが参加して「もう死んだ人たち」になります。というか、バンド始めた頃、バッタリこの2人に会ってたりするんですね。

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dip 永田さん-バッタリ度★★☆☆☆

dip 永田さん-バッタリ度★★☆☆☆
これも2017年に書いてますが、6年ほど前、このころは私はヤマジさんとuminecosoundsを始めた頃でした。といってもuminecosoundsはもともとウミネコサウンズ、古里おさむくんのバンドで私はサポートでベースを弾いてましたが、おさむくんがヤマジさんにギターを弾いてもらいたいと言ってたので、私はLOUDSで一緒に演奏してたのでヤマジさんに相談して加入してもらい、バンド名をアルファベットに変えて、ドラムのコテイスイくんと4人で固定メンバーのバンドに変わった頃でした。

そんなわけで、ヤマジさんともよく会うようになった時期なので、dipのライブにもよく行ってました。そしてベースの永田さん、ドラムの中西さんも顔見知りになったという感じです。この日は新宿の地下街で永田さんにバッタリ会いました。ちなみに、永田さんは基本的に「ながたっち」と呼ばれているので、永田という漢字で合ってるかどうかさえよくわかりません・・・ながたっちさんです。

ちなみに今年(2017年)も永田さんとバッタリ会いました。去年もバッタリ会ったかも・・・

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笹井享介-バッタリ度★★★☆☆

笹井享介-バッタリ度★★★☆☆
石橋英子さんのリハで代々木に行った時に、ドラマー笹井さんとバッタリ会いました。これを書いてるのは2017年なので、6年前を思い出しながら書いてますが、実は記憶にありません・・・笹井にバッタリあったことは何回かあるきがするけど、これはスタジオで会ったときかな?そうすると笹井さんはアドバンテージ・ルーシーのリハだったと思います。笹井さんは、この数年前までHARCOを一緒にやってた仲間です。HARCOの歴代ドラマーの中で一番穏やかで丁寧な人だったような気もします・・・と言っても私が知ってる歴代ドラマーは3人位ですが。

笹井さんはたぶん最初に会ったことはシャーペンというシンガー・ソングライターのドラムをやってました。いつからだかHARCOで一緒に演奏するようになったんですが、とにかく歌ものには最高のドラマーです。ベーシストとして楽(ラク)しました・・・

さて2017年、HARCOがHARCO名義の最後のアルバムをリリースしました。「あらたな方角へ」というアルバムですが、これ、ネットなどにあまり載ってない情報ですが、私と笹井さんのリズム隊の録音が使われています。タイトル曲「あらたな方角へ」は、笹井さんと私が一緒にやってたことHARCOのライブでよくやっていた曲ですが、録音していたんですね・・・忘れてましたが。こうして参加できたことは嬉しいです。

さて、笹井さん、今もルーシーで活躍中です。他にもなんかやっていると思います。今後もよろしくです。

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2011年1月15日のバッタリ

JUNGLE LIFE 今井さん-バッタリ度★★★☆☆
この日記を書いてるのは相変わらず2015年ですが、2011年1月15日の出来事を書きます。カレンダーで調べてみたら、この日はなんと私が2010年に奇形児に加入してすぐにレコーディングしたアルバムの発売記念ライブの日でした。タイトルは「頭を丸めて今スグ出家しろ!念仏唱えて自らを葬れ!」という実は奇形児にとって初のアルバムというかCDということでした。私は加入後すぐに録音だったので、バンドのメンバーの演奏のこともよくわからず録音してしまったので、ちょっと不本意な点もあり、実はこのアルバムは録音後は聴いてないのですが、「殺せ!」や「ヘレン・ケラーの憂鬱」、「渇望」など、私が好きな曲も多々収録されてます。さて、だいぶ脱線しましたが、この日はレコ発下北沢251なのですが、とりあえず、この当時両国に住んでまして、当たり前のように両国の家を出てJR両国駅に行くのですが、その途中でジャングル・ライフ(雑誌)の今井さんにバッタリ。当時亀戸ハードコア関連で何度かお会いしてたので、すぐに気付きました。たぶん、うちの近所にあったライブハウス、両国SUNRISE(だっけ?)に用事があったのでしょう。というわけで、最近はお会いしてませんが、当時はよく会う人でした。まだジャングル・ライフやってるのでしょうか?

パニスマ吉田肇-バッタリ度★★☆☆☆
というわけで、下北についたら今度はバッタリ度ナンバーワンの吉田さんにバッタリ!もう珍しくないので、詳細は省略。前にも書いたんですが、今は吉田さんは福岡にいるはずなのですが、たまに東京に来てるはずです。まだ東京でバッタリ会う可能性もあります。

狂うクルー村田-バッタリ度★★☆☆☆
で、その次には村田くんに会いました。ちょっと前のバッタリでも書きましたが、狂うクルーはMSNの亀戸の企画に出てもらったり、村田くんとは他にもいろいろ縁があるので、ライブ会場ではよく会うんですが、この日はもちろん全然関係なく下北沢で会いました。お互い似合わなさそうな場所で・・・
というか、今となっては奇形児が下北沢でライブすることも似合わないと思うのですが、当時はよくわからずレコ発やりました。対バンはmilk cowと、当時知り合いじゃなかったクリプト・シティでした。あれ、中尾くんは知ってたかも・・・でも当時のドラムの弘中聡くんとは後に一緒に演奏したり、今ではよく会う友人です。当時のギターのセブもその後ツバメスタジオで仕事をする仲間になったし。たった5年くらい前の話だけど、この5年間にいろいろあったなぁと思える、という話でした。

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2010年のバッタリ、もう全部まとめて。

ミズノ映仁-バッタリ度★☆☆☆☆
8月にミズノさんにバッタリ・・・と言っても書いてる今(2015年)は全く縁がなくなってしまったんだけど、バッタリ会った当時(2011年)はたまに会う人でした。浅草橋のライブハウスBUNGAJANのマスターです。この頃私も数回お店に行ったこともあり、知り合いもよく出てました。というか、たぶん今でも知り合いが出てると思うのですが、あまりチェックしていません・・・すみません。「◯◯◯◯ナイト」的なイベントをよくやってるようです。ツイッターでたまにチェックしてます。

イトケン-バッタリ度★☆☆☆☆
8月に吉祥寺でイトケンさんにバッタリ。まぁ、これもそれほど珍しいことではないです。この約一年前も吉祥寺でバッタリ会ってました。今年はまだイトケンさんに会ってないかもしれませんが、けっこう毎年会ってます。

藤井友信-バッタリ度★☆☆☆☆
10月に下北で藤井くんにバッタリ。これまた、珍しい事でもないかもしれない・・・藤井くんとも今年まだ会ってないかな?いや、会った。確か会った。数回会ってる・・・一回は高円寺のスタジオでバッタリ会った。

小池光子-バッタリ度★★☆☆☆
藤井くんとバッタリ会った日に、ビューティフルハミングバードの小池さんとバッタリ会いました。これも珍しいことではないのかもしれないけど、藤井くんより私にとってはレアなので、星2つ・・・今年フジロックでも会いました。

ナカノヨウスケ-バッタリ度★★☆☆☆
12月にはナカノくんと下北沢でバッタリ・・・といいつつ、もう5年も前の話。彼のことを忘れてしまった。当時は顔見知りだったのだろう。会って気づいたはず。でもたぶんこの後バンドが無くなったんじゃないかな・・・これ以来会ってない。失踪したっていう噂も聞いた気がするけど、噂かなぁ。

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イールショック・バッタリ第3段

前川和人 -バッタリ度★★☆☆☆
2009年のバッタリひとつ前のバッタリと合わせて3連続の奇跡のバッタリ最終人物はもちろんエレクトリック・イール・ショックのベースの前川さんです。ホントに奇跡的に1年の間にイールショックのメンバー3人全員とバッタリ会いました。前川さんは高円寺の駅だったかな。今(書いてるのは2015年)では阿佐ヶ谷のスタジオのZotでレコーディング・エンジニアとしても活躍してる前川さんですが、この時はたぶんまだエンジニアをしてないと思います(まぁ、5年も経ってるけどね)。
もともとイールショックを知ったのはいつごろだったか、たぶん2000年前後だと思うんだけど、micro musicってレーベルがあったような・・・インターネットに情報がない・・・道産子アナルやボストン・クルージング・マニアや・・・ちゃんと思い出せないけど、その流れで知ったのか・・・あ、たぶん藤井くん(music from the mars)がやってたPullというバンドでヘルプで2回ほどドラムをやったことあるんだけど、その時に知り合ったのかな?でも、その頃から、私が日本で一番好きなロックバンドです。他にロックバンド知らないかもしれないけど。とにかく、私がカッコイイと思うロックをやってる貴重なバンドです。バンドの3人のバランスも最高!
さて、そんなわけで、前にも書いたんですが、この頃はまだ前川さんだけよく知ってた状態でしたが、この数カ月後、ちょっと不幸が関係する話ではあるのですが、私がイールショックに1回だけジャイアンさんの代わりにドラムで参加させてもらったことがありました。これは自分でも孫の代まで語り継げる話だと思います。でもライブ中に気合が入ってたせいで(?)ドラムのペダルの踏むところがパッキリと折れてしまいました。それが悔やまれる。それが2011年の出来事。
2012年には前川さんが関わってた板橋のスタジオでのレコーディングの仕事を前川さんと一緒にやりました。そして、その後は前川さんのスタジオでの仕事も阿佐ヶ谷に移り、今年(2015)もそこでお世話になったりしております。

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イールショック・バッタリ第2段

ジャイアン-バッタリ度★★☆☆☆
2009年のバッタリでELECTRIC EEL SHOCKの森本さんに会った話を書きました。
そのほぼ1年後、今度は総武線でイールショックのドラムのジャイアンさんにバッタリ!総武線のどこだっけかなぁ?この頃(今これを書いてるのは2015年です)私はまだ両国に住んでいて、たぶん、総武線の秋葉原より東で会ったんじゃないでしょうか。
この頃のことをよく覚えてないのですが、カレンダーを見ると、たぶんちょうど私がLOUDSをやめて奇形児に入った頃だと思います。この2010年の7月には、新木場ロック(キバロックだったかな?)というイベントに参加してました。でも、これがよくわからないんだけど、LOUDSをやめて奇形児だったような気もするけど、ギリギリ奇形児に入る前の最後のLOUDSかもしれない。奇形児でも一度キバロックに出た記憶があるんだけど・・・
そして、この時のキバロックは、WATCH OUTのスペシャル・バージョン的なバンドにも参加してました。王様やSLIP HEAD BUTTの大岩さん、COBRAのリナさん、ジムノペディアのヒデタカさんらに紛れて、私はキーボードで参加しました。2曲だけですが、VAN HALENのJUMPとDEEP PURPLEのHIGHWAY STAR(っていうか王様バージョン)に参加したんですが、VAN HALENでギター・ソロ弾いてたゲストが、これまたイールショックの森本さんでした!というわけで、イールショックとの縁はまだまだ続きます。それは、また別のバッタリで。
ついでに思い出したから書くけど、HIGHWAY STARのオルガンソロの速弾きのところは弾けないので、打ち込んでサンプラーでポン出ししました。まぁ、観てる人はわからないかもしれないので、超上手く弾ける人みたいですがw あ、でもこの時から私のキーボード人生が始まったかも・・・
ちなみに、この頃からジャイアンさんとも顔見知りになったかも。今年ももう会いました(2015年2月現在)。

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ジムのバンドが始動した頃の話。

石橋英子+山本達久-バッタリ度★★☆☆☆
いつものようにバッタリ日記、これを書いてるのは2014年12月ですが、投稿の日付はバッタリ会った日付、2010年7月です。
なので、4年前のことを思い出して書くわけですが、2010年の初めころからジム・オルークとリハーサルを始めました。メンバーはジム、私ベース、そして山本達久ドラム、という3人です。この時はまだ英子さんがいません。たぶん前年2009年の終わりころ、どこかで達久くんと知り合い、その後ジムの家に行ったら達久くんと再会!とい感じでバンドが始まりました。
で、そのバンドとは別に、この年の4月にはジムのプロデュースしたのバート・バカラック曲集のアルバムのレコ発ライブ(ツアー)をBillboardでやりました。これは私は東京しか出れなかったんですが、グレン・コッチェやダーリン・グレイ、青山陽一さん・・・凄いメンバーが集まったライブでした。ここのキーボードで石橋さんが参加したんだったかな。もともとフルートで参加してたはずですが、この後、ジムのバンドにも石橋さんが入ったような気がします。
まぁ、それは置いておいて、このころ石橋さんのバンドはたぶん、達久くんと勝井さんだった気がします。その編成を見たことはないのですが。そういう繋がりがありつつ、まだ一緒にバンド(ライブとか)やってない頃の話ですね。私がふと秋葉原のドラムステーションとかいう名前の楽器屋に入ったら・・・石橋さんと達久くんが2人で買い物してました。この頃、よく会い始めたという段階だったんだけど、偶然楽器屋でも会いました。縁があるんでしょうね。この数カ月後、ジムのバンド(ジム、私、達久くん、英子さん)の4人で、京都で初ライブをやりました。そして、その数カ月後、この4人で石橋英子でライブをやりました。その数カ月後、波多野さんが入って「もう死んだ人たち」になりました。そして、現在まで続くわけです。