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イールショック・バッタリ第3段

前川和人 -バッタリ度★★☆☆☆
2009年のバッタリひとつ前のバッタリと合わせて3連続の奇跡のバッタリ最終人物はもちろんエレクトリック・イール・ショックのベースの前川さんです。ホントに奇跡的に1年の間にイールショックのメンバー3人全員とバッタリ会いました。前川さんは高円寺の駅だったかな。今(書いてるのは2015年)では阿佐ヶ谷のスタジオのZotでレコーディング・エンジニアとしても活躍してる前川さんですが、この時はたぶんまだエンジニアをしてないと思います(まぁ、5年も経ってるけどね)。
もともとイールショックを知ったのはいつごろだったか、たぶん2000年前後だと思うんだけど、micro musicってレーベルがあったような・・・インターネットに情報がない・・・道産子アナルやボストン・クルージング・マニアや・・・ちゃんと思い出せないけど、その流れで知ったのか・・・あ、たぶん藤井くん(music from the mars)がやってたPullというバンドでヘルプで2回ほどドラムをやったことあるんだけど、その時に知り合ったのかな?でも、その頃から、私が日本で一番好きなロックバンドです。他にロックバンド知らないかもしれないけど。とにかく、私がカッコイイと思うロックをやってる貴重なバンドです。バンドの3人のバランスも最高!
さて、そんなわけで、前にも書いたんですが、この頃はまだ前川さんだけよく知ってた状態でしたが、この数カ月後、ちょっと不幸が関係する話ではあるのですが、私がイールショックに1回だけジャイアンさんの代わりにドラムで参加させてもらったことがありました。これは自分でも孫の代まで語り継げる話だと思います。でもライブ中に気合が入ってたせいで(?)ドラムのペダルの踏むところがパッキリと折れてしまいました。それが悔やまれる。それが2011年の出来事。
2012年には前川さんが関わってた板橋のスタジオでのレコーディングの仕事を前川さんと一緒にやりました。そして、その後は前川さんのスタジオでの仕事も阿佐ヶ谷に移り、今年(2015)もそこでお世話になったりしております。

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イールショック・バッタリ第2段

ジャイアン-バッタリ度★★☆☆☆
2009年のバッタリでELECTRIC EEL SHOCKの森本さんに会った話を書きました。
そのほぼ1年後、今度は総武線でイールショックのドラムのジャイアンさんにバッタリ!総武線のどこだっけかなぁ?この頃(今これを書いてるのは2015年です)私はまだ両国に住んでいて、たぶん、総武線の秋葉原より東で会ったんじゃないでしょうか。
この頃のことをよく覚えてないのですが、カレンダーを見ると、たぶんちょうど私がLOUDSをやめて奇形児に入った頃だと思います。この2010年の7月には、新木場ロック(キバロックだったかな?)というイベントに参加してました。でも、これがよくわからないんだけど、LOUDSをやめて奇形児だったような気もするけど、ギリギリ奇形児に入る前の最後のLOUDSかもしれない。奇形児でも一度キバロックに出た記憶があるんだけど・・・
そして、この時のキバロックは、WATCH OUTのスペシャル・バージョン的なバンドにも参加してました。王様やSLIP HEAD BUTTの大岩さん、COBRAのリナさん、ジムノペディアのヒデタカさんらに紛れて、私はキーボードで参加しました。2曲だけですが、VAN HALENのJUMPとDEEP PURPLEのHIGHWAY STAR(っていうか王様バージョン)に参加したんですが、VAN HALENでギター・ソロ弾いてたゲストが、これまたイールショックの森本さんでした!というわけで、イールショックとの縁はまだまだ続きます。それは、また別のバッタリで。
ついでに思い出したから書くけど、HIGHWAY STARのオルガンソロの速弾きのところは弾けないので、打ち込んでサンプラーでポン出ししました。まぁ、観てる人はわからないかもしれないので、超上手く弾ける人みたいですがw あ、でもこの時から私のキーボード人生が始まったかも・・・
ちなみに、この頃からジャイアンさんとも顔見知りになったかも。今年ももう会いました(2015年2月現在)。

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ジムのバンドが始動した頃の話。

石橋英子+山本達久-バッタリ度★★☆☆☆
いつものようにバッタリ日記、これを書いてるのは2014年12月ですが、投稿の日付はバッタリ会った日付、2010年7月です。
なので、4年前のことを思い出して書くわけですが、2010年の初めころからジム・オルークとリハーサルを始めました。メンバーはジム、私ベース、そして山本達久ドラム、という3人です。この時はまだ英子さんがいません。たぶん前年2009年の終わりころ、どこかで達久くんと知り合い、その後ジムの家に行ったら達久くんと再会!とい感じでバンドが始まりました。
で、そのバンドとは別に、この年の4月にはジムのプロデュースしたのバート・バカラック曲集のアルバムのレコ発ライブ(ツアー)をBillboardでやりました。これは私は東京しか出れなかったんですが、グレン・コッチェやダーリン・グレイ、青山陽一さん・・・凄いメンバーが集まったライブでした。ここのキーボードで石橋さんが参加したんだったかな。もともとフルートで参加してたはずですが、この後、ジムのバンドにも石橋さんが入ったような気がします。
まぁ、それは置いておいて、このころ石橋さんのバンドはたぶん、達久くんと勝井さんだった気がします。その編成を見たことはないのですが。そういう繋がりがありつつ、まだ一緒にバンド(ライブとか)やってない頃の話ですね。私がふと秋葉原のドラムステーションとかいう名前の楽器屋に入ったら・・・石橋さんと達久くんが2人で買い物してました。この頃、よく会い始めたという段階だったんだけど、偶然楽器屋でも会いました。縁があるんでしょうね。この数カ月後、ジムのバンド(ジム、私、達久くん、英子さん)の4人で、京都で初ライブをやりました。そして、その数カ月後、この4人で石橋英子でライブをやりました。その数カ月後、波多野さんが入って「もう死んだ人たち」になりました。そして、現在まで続くわけです。